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来し方行く末

いきなりですが、
質問です。

「あなたにとって仕事とは?」
.
.
.
.
.
.



社会人の方々は大抵こう答えるかと思います。

「生きていく糧」 

つまり仕事は生きるためと割り切ってる生き方ですね。
否定はしません。むしろ至極当然だと思います。
人間が社会の中で生きていくにはお金がかかるので、自分で働き稼いで収入を得なければいけません。
生きるためには、食べなければならない、食べるためには稼がなくてはならない、そのためには、仕事をしなければならない、
この「しなければならない」の繰り返しが、大人の言うところの「生活」。
でも、しなければならなくてする生活がどうして楽しいものであるだろうか?
そして、それだけでは虚しいではないでしょうか?
ただ金を稼ぐために仕事をしているのであれば、仕事をしなくても済むくらいの金を手に入れたら仕事を辞めるのでしょうか?
いや、辞めずに仕事を続けるという人も多いのではないかと思います。
その「辞めない理由」は十人十色だと思いますが、そこに「仕事の意味」が見えてくるのではないでしょうか。



今まで私は、「勉強」を通して自分という人間を確認してきたと思います。
例えば普段は冷静なつもりで、他人からも落ち着いているねといわれますが、
いざというときどうしようもなくパニくってしまって「常に落ち着いて平常心を保てるほどまだ自分は強くないし子供だな~」とか、
連日のフルコマ授業で最終日を終えたときなどは「あれ?意外と自分も頑張れるんだな」というふうに。

それに自分を成長させてくれたという点に論点を移すと、
新しいことを学ぶ楽しさ、
知識の運用の面白さ、
困難を克服する精神力、
ベストパフォーマンスを出すための体調管理、
短時間で大きな成果を出すための効率化、
楽して効果を上げる要領のよさ、
努力だけでは成功しない難しさ、
ひとつのことをやり続ける忍耐力、

などなど数えだせばきりがないこれらはすべて浪人生活の中から学びました。

これらは仕事になっても全く変わらないでしょう。


でも仕事に関する価値観は人それぞれで本人の生き方次第です。


そこで私がこれから進むであろう生き方、今回の進路を進もうと思った事の顛末をここに記したいと思います。
(社会を知らないガキの戯言と思って読んでいただけたら幸いです。)





今回の進路を選ぶきっかけは去年夏(8月)に(大学の学費が安くなる)特待生制度について調べていて、偶然にも今回の進路先の専門学校を知ったことでした。
それまでは、学びたいことがあり、また勉強する意欲があって大学に進学しようと考えていました。

しかし、皆さんご存知の通り1日は24時間しかありません。
そして寝ている時間を仮に6時間と設定すると、起きている時間は18時間で、さらに将来仕事をしている時間を9時間とすると
1日の活動時間の半分は「仕事」(学生なら「勉強」)をしている計算になります。

将来、大学卒業後に自分が就くであろう仕事のことについて考えた時、今後の人生の大半を占めるであろう仕事は、
一生やっても苦にならないような、自分の内側から湧き出る強い衝動みたいな、
本当に、心がうごくものを見つけ、やりたいことをすべきだろうと思いました。それが、やる気のガソリンになると思うのです。

今の学校教育の「勉強」や会社勤めの「仕事」など... 本当に心から楽しいと思っていないのに決まりだからと、
本当にやりたいワクワクを理性で心のなかに閉じ込めてはいないだろうか?
例えば、「それでは食べていけない」や「時間がない」、「私には無理だ」など、
これらは人生への妥協になってしまわないだろうか?

どれが正しいなんていうことはないです。「道」はたくさんあり、途切れているかもしれませんし繋がっているかもしれません。
どれを選んだとしても後悔しないように常に全力投球で立ち向かうことが大切だと思います。

泣いても笑っても人生一度きり。
自分の人生の責任をとれるのは自分だけです。
そして肝心なのは、自分がそう感じた事を実行できたか否かだけです。



ですが、どこに進学するとしてもスポンサーは両親です。熱意を伝えるのには時間を要しました。
1番最初(9月)に相談した時に開口一番言われたのが、

親:「大学卒業してからでも専門学校はいけるよ?」と

その時の自分は
(やはりそうきたか。.....つまり大卒という名の資格を取れって言ってるんだな)と感じ、

私:「うん、そうだね。でもその反対も然りだよね。それに私が今一番恐れているのが、大学に行ったら今の気持ちを押し殺してしまうのではないかということなんだ....」

親:「~」

私:「~」

親:「・・・わかった。でも専門学校に行くのはいいが、最後まで受験はしなさい。」

私:「当然、受験は最後までやるよ。」

などと、幾度もやり取りをしたので細かい記憶があやふやで加筆してしまいそうなので割愛しますが、
思っていた反対はなかったというのが印象でした。
それも自分がどれだけ悩んでいるかが伝わったからかもしれません。もしくは、このような放蕩息子に呆れてものが言えなくなったのかもしれません(笑)




そして、時は過ぎ、
1学期から夏期が終わるまでは本当に死ぬほど勉強したおかげで偏差値は安定し、第一志望の名古屋工業大も安全圏に入り、
そのままセンター(1月)も難なく通過し、私大の併願滑り止めの金沢工業大(特待生)や併願第一志望の豊田工業大も1次試験(センター)合格(2月初旬)と、
順調に進んで選択肢を得た私は人生の分岐点での決断をしました。

「名古屋工業大には出願せず、専門学校の特待生入試(専願)に出願する」という決断です。(2月上旬)


特待生入試のため書類選考と面接のみの試験内容でしたが、
面接前の準備で、
自分の言葉で自分が何故人より時間をかけて、この道を選んだのか?
自分のしたいことは?
どんな道を歩み将来の夢は?
などなど、試験官に自分の情熱を伝えるための言葉のチョイスには時間を呆れるほど使いました。

そのおかげか、自分の中で整理がつき進路変更したことが変えって強みになったと思いますし、自信を持って自分をアピールできました。



そして昨日(2/21)、合格通知が届き、
この度、ネイチャーアクアリウムが世界で唯一学べる専門学校に進学することに致しました!""ハ(^ー^)パチパチ
(ググるとトップで出てくるところです。)


専門学校に進むことについては、収入の多寡に関係なく、
①やりたい仕事があるならその方向に進むべきだと思う。
②ただ、それが漠然とした思いなら、自分自身にとって受験からの逃げではないだろうか?そこをよく考えよう。
③前向きな理由なら"やめる"必要はないだろう、
④もし、消極的な理由なら、迷わないで受験一本に絞ったほうが将来の自分のため。

と、いろいろ考えもしましたが、
やはり以上のことをまとめるとしたら「夢を追いたくなった」と言う言葉が一番しっくりきます。


それに受験勉強中の毎日の楽しみであった寝る前の読書の時間に読んだ、
『夢をかなえるゾウ』(水野敬也)や『生き方』(稲盛和夫)、『ソース』(マイク・マクマナス)、『おとなの進路教室。』(山田ズーニー)などの本の影響を受けて、
「仕事するのなら一番好きなことを仕事にしたい」と思えたのも今回の進路変更には大きく貢献していると思います。


以前は夢を追わないのなら、学歴で就職してお金を優先しようと思っていました。
今日の就職難の時代は自分が会社を選ぶのではなく、会社が自分を選ぶのでしょうから俗に言ういい会社(大企業)は大卒以上でないと門を叩けないでしょう。つまりは、学歴で就きたい職業になるというのが利口だと思っていました。

ですが
今は自分の本当の気持ちが理解できたら、行動あるのみだと思っています。
違う道が自分に合っていると思ったら、早めに進路変更することも大事かもしれません。

当然、一度レールを外れたら二度とは戻れないかもしれない厳しい世の中です。それが現実かと思います。



では、
Q.自分に合った道とは、自分に合う職とは、何でしょうか?


A.そんなん、死ぬまでわかりません(笑)


でも、もし、
Q.天職とは?

と尋ねられたら

A.
夢 ≠ 天職 ∈ 適職
Because.仕事に限ったことではなく、理想と現実のとギャップに苦しむということは往々にしてあるもの。ゆえに「夢=天職」とはなりえない。
と今の自分は答えます。

そして
私の考える天職とは決して見つけたり見つかったりするようなものではないと思います。
『自分はこの仕事をして生きていくのだ!』と腹をくくる事こそが大切なことなのではないでしょうか?
また
この考えさえあれば「自分探し」とかそんなものに悩まされなくて済むと思いました。




以上が来し方です。




入学後(今後)は
アクアリウムを広めるために、このブログだけではなく、ネットを駆使した新たな試みとして水槽立ち上げ動画などを作りYouTubeやニコニコ動画にアップして情報発信していこうと考えといます。
特にクローズマップしたいのが、雑誌などの紙媒体では微妙で伝えにくい部分です。
例えば、水草のトリミングや、
さらに言うならばピンセットで水草をつかむときは真上からつかみ植えた後のピンセットは少し揺らしながら抜くといった微妙で伝えにくい部分を、
動画で見せると納得する人は少なくないと思います。

昨年のADA主催「世界レイアウトコンテスト2012」の後日に催されたNA(ネイチャーアクアリウム)パーティーの様子はインターネットを介して世界中に配信されていました。
しかもパーティー会場ではスカイプでインドやイギリスのショップ、NA愛好者との生中継が行われ、NAアクアリウムが世界中で楽しまれていることをものの見事にアピールしていました。
YouTubeでもADAがADAviewという動画で情報発信していますし、マスメディアでもADAの天野社長がすみだ水族館に大型の展示水槽を制作するドキュメントがテレビでも放映されましたよね。
そのときのTwitterのツイートラインを見ていて、アクアに興味のない一般の人の反響の大きさに驚きました。
このことから、皆さん少なからずアクアに興味が有るんだなと感じましたし、
何より嬉しかったのがアクアリウムが一部のマニアだけのものではなく、ごく普通の人や私のような若い世代の人にも普及してきた証ともとれた事です。

今後は自分が魅了されたこの世界をいろんな手段を用いて、初心者の方、またはもっと深く知りたいと人たちと共感、共有したいと思います。



以上、来し方行く末、報告でした。
このような乱文長文を読んで頂きありがとうございました。



ではまた

時事

Twitterで興味深い発言を目にして気になり、自分なりに色々と調べていたら考えが纏まらなくなってしまったので文章に起こしてみます。
「デヴィ夫人のブログ」(2012-7-10)にて今回の件について書かれています。こんな熱い人だとは思いませんでした。]

「大津市のいじめ自殺事件」についてです。

この事件について皆さんの認識がどれ程のものかは存じませんが、
私自身、初めてこのニュースを聞いた時は、過去にも同じような事件を見聞きしていたからなのでしょう「またいじめか...」くらいの認識でした。
でも、事件の詳細を調べていくうちに、なんだか無性に腹が立ってくるんです。
調べるば調べるほど酷い事件です。やっていることがいじめって言葉では片付きません。
ほんとに自殺なのか?という疑問も......私の知っているいじめ関連の自殺ではみんな遺書が有るんですよね...だが今回は無し...

自分でも驚きました。こんなにも怒っている自分がいることに。最近勉強ばかりしていて感受性センサーが鈍っていたのかもしれません...
だから今一番怖いのがこの気持ちが風化するのではないかということなんです。
つまりはこの事件が人々の意識から忘れ去られるのは非常に怖い。いや、心配と言ったほうがいいかもしれない。


私なりに考えてみたのですが

戦争」と「いじめ」は同類のなのではないでしょうか?

つまり
戦争」は大人たちにより、
いじめ」は子供たちにより人間的本能を出した醜い争いではないかと思うのです。

そう考えると
過去に「戦争」が起こっていたら、なぜその戦争は起きたのかの情報を分かち合い再度同じことが起きないように対策をするのが筋なのと同様に、
いじめ」も過去にあったことを子供に教えてこれからないようにさせるのが大人役割だと思います。

その点では教師のとった行動は浅はか過ぎますし道徳心に欠けています。
情報を隠蔽しようと企んだ大人たち(教育委員会、学校、警察、..)も罪深い。実際この事件も何ヶ月の明るみに出てこなかったわけです。
(調べていて過去表沙汰になってない、いじめ関連自殺の多さにも驚きました。)
なんにせよ、この事件に関しての周りの大人たちの対応はおかしいです。非人道的とも言えると思います。
かと言って
誰も裁かないのなら皆で吊るし上げるしかない!のようにネットの情報網を駆使して個人を特定されている方々もいらっしゃるようですが、それは最良だとは思いません。
今私たちが一番にすべきことは、この事件のことについて正しく理解し、熱くなりすぎず、主張し続けることだと思うからです。



それにしても
日本って昔からこんなにおかしな国だったんですかね?
ほんと今の日本は何かしらの革命がいつ起きてもいいレベルまで腐ってきている思います。ある意味変革期なのかもしれません。

日頃から世話になっている英語の教師が事あるごとに日本の教育行政はダメダメだから、できるなら外国に行って学んだほうがいいと言っているのですが、このような事件が起きて行政の体質が見えてくると真剣に日本はダメなんじゃないかと思うんです。



話が脇道にそれてしまいましたが、
今回自分を殺すことでしか自分を助けてあげられない状態にまで追い詰められた彼、
そして子供の死とそれに関する隠蔽工作により心を痛む親の気持ちは、察するにあまりあると思います。
早くこの事件がいい­方向へ解決されることを望むばかりです。


被害者やその家族の為にも、この事実をもっといろんな人に考えてもらい風化させないようにしてほしいと感じた今日この頃の私でした。



では

一年間受験生やって思うこと。

なんか、モヤッとするので書き記してみる。


一年間受験生やって思うこと。

今、昨年度の結果を振り返ってみると精神的な面で自分に負けたのではないかと感じる。
なぜかと言うと、不合格=点数不足結果を導いた最大の原因の数学については(しっかり偏差値は出ていたものの) 勉強不足感を最後まで払拭出来なかったからだ。反対に英語については抜群の自信があった。

その点から考察すると根の根の理解が出来ていないか否かの違いだと感じる。特に英語は一学期徹底理解を目指し勉強していたので時間は掛かったがとてもやりがいは感じていた。実際最後まで楽しめたし、本番時でもほとんど緊張せず良い結果が残せた。
反面、数学については理系だから出来るだろ、現役の時も出来ていたから出来るだろ、と高を括り、こだわらずに勉強していた。

両者の違いは夏前の模試にて数字(偏差値)として現れた。
ただその数字というものは英語56、数学65と言う意外な結果であった。
それまでの勉強時間を費用、点数を効果とするなら費用対効果は数学が明らかに上であったので、この結果には自分自身も驚いた。

その時に気づかなければならなかった事は一つ。
所詮、「模試は全国規模の定期テストみたいなもの」と言う事だ。
なぜなら、テキストや模試を作っているのは各々の塾の先生たち"だけ"であり、それを受けるのは大方その塾の生徒達である。

故に学期中にやった問題と似ている問題が沢山あるのは事実である。実際テキストからそのまんま出したような問題もあり話題になったくらいだ。つまり、先程述べたように中高までの定期テストが全国規模のになったようなものであると言える。

上記の事から言えるのも一つだけ。
「模試の判定は当てにならない」という事。
よく言うように、一喜一憂はしてはいけないんです。ただ間違ったところを今後間違えないようにする。これだけの事なんです。

勿論、模試には弱点を見抜くと言う課題もあるが、理系という前提ならセンター数学or理科なら難しい問題でも誘導が付く事が多いので大きな差は付きにくいだろう。
故に良い点を取って何でも解けるかのように勘違いし、本来の模試のあり方も分からなくなってしまった事が問題なのである。

前記で、
人間は謙虚さが無くなると愚かになると言う事を知った。これは痛感したと言った方が適切かもしれない。
とにかく、自分と向き合うと色んな面が見えてきてとても学ぶ事が多いことは確かである。

そんなわけで数学65と言う偏差値を持ったまま、良い気分で夏休みに突入である。
ここが大きなターニングポイントとなる。

その偏差値のおかげで、重きを置かなくてはならない理系科目の優先順位を下げ + 授業でやった問題ないし、その例題のみの復習のみと言うシンプルなメニュー夏期を過ごす計画を立てるわけである。
この計画自体はいいのだが、やり方がまずかった。

そのやり方とは1度しか復習せず、以後そのまま放置プレイと言う、愚か者を絵で書いたかのような行動(やり方)である。自分は数学が出来ると変な自身を持っていたのがその行いの原因であるのは間違いない。

反対に夏期中英語には手を焼かされた。
文法の 理解→暗記 に時間を割かれた感じである。構文解釈の参考書も破れるまでやった。(破れた理由は雨の日の電車内で落としたからだけどね)
ただ大変だった分、英語の本当の楽しさ、いや受験英語の楽しみ方を見つけた時期でもある、
そして一番充実していた時でもある、さらに一番勉強が楽しくてしょうがない時であった。

英語についてなら、夏以降偏差値は一回も55を割った事はなかった。
流石に60の大台に乗ったことはなかったが、それでも自分が解いて楽しいと思える事が結果に繋がっていて満足していた。
その頃の数学と言えば受け身の授業、受け身の勉強ばかりで、そんな勉強をしていても分からせるのが仕事の講師陣は問題の考え方を分からせる授業をするし、点の取り方を教えてくれるので短期間で見れば、模試でも不満のない点数が取れていた。

時は流れ10月そろそろ本格的に帳尻合わせをしないといけなくなる。
つまり、基本3教科以外(理科、公民)の帳尻合わせだ。

物理は高校時代に恩師に出会ってみっちり基礎の基礎の基礎を教えてもらったからしっかりガッチリ結果も出ていたし、英語の次に自信もあった。だが、もう一つの理科科目 "化学"については、夏に1学期の復習と無機・有機を一通り通し勉強した程度だった。

1学期から、担任に化学やりなさい。と言われてはいたが結局11月からの詰め込み学習行きに。
そのころからだ、数学の偏差値が下がり始め雲行きが怪しくなり始めた。
原因はハッキリしている。勉強していなかったのだ。 正確には計算の楽しさに目覚め、ⅢC微積の知識運用の勉強しかしていなかったのだ。

ずっと世話になっている講師からよく言われることだが、自分はかなりの「凝り性」らしい。
うむ。確かに自覚はある。
講師に質問に行って、それは大学行ってから学問としてやれっ!と言われたくらいだ。
悪いことじゃないだろうけど、受験では限られた時間で結果を出さなければいけない。

限られた時間の中で必要以上に固執する事=悪い方向に向かう事 である。
つまり、1学期に英語に時間を費やし過ぎたのではないかと考えている。
それが2学期になってから色んな科目に影響してきて、だんだん勉強が楽しくなくなってきたのも2学期の9月以降の事である。
嫌な科目を勉強したら得意科目でご褒美みたいに誤魔化し勉強していたのも夏休み明けの9月であった。

10月~11月頃からは数学は計算に嵌り、英語は論理構成の楽しさに嵌り、で結局蓋を開けたら成功したのは、物理と英語と国語の現代文だけと言う結果であった。
数学ⅡBは理系さんは取ってはいけない点数を取り。(63)
化学も平均点。倫政は簡単で80いったか?と思ったが結局平均点+α 。

全体的にもっと(+50点)採れる算段でいたのだが、そんなものは現実と言う名のトンカチで打ち砕かれた訳だ。当然、9月に最終目標としていた第一志望は死亡。(D判定-46だったから担任に止められた)自分の中では渋々現役時に受けた県内の大学(B+判定)を再び受ける事になる。

だが、センターの結果に満足してないのに、いや、していなからこそ不完全燃焼?燃え尽きた感?が出てくるわけだ。なんかあの時は変な感じだった。あれだけ頑張った過程と突きつけられた現実とのギャップで挟まれて身動き出来ない感じ。
そして
勉強していても身が入らない状態が続き勉強量が日4時間程度になり....今の自分が見えてくるわけだ。

結局嫌な事に目を逸らしていた結果なのだろう。
自分ではそう思っていなくとも、数字が表しているんだから恐らく間違いない。
言ってしまえば、落ちるべくして落ちたんだ。

でも、実はもうその時には腹がくくれていて、損得感情抜きにもう一回勝負してみたくなっていたんだ。


最初の話に戻るが、この辺の(センターの)結果に影響されるが精神的弱さで落ちた理由なのでしょう。
特に、数学については精神的力=自信?みたいなのが足りていなかったように思える。


で、最後に"まとめ"。

「力をたくわえないと、完全体の巨神兵にはなれないし、(根が)腐っていると、どんな(大木でも)巨神兵でも(強風で)オウムの大群で倒れてしまう。」




Twitterで連続ツイートは流石にキツイので素直にブログやっていて良かったと思う。
アクア日和ではなくなっていますがご勘弁。


よし!この文を笑いながら読み返せるようになれる時を信じてがんばろ。



では。

結果報告

まず一言 ......落ちちゃいました(x ω x)

センターB判定となかなか良かっただけに軽く凹んでいます。
一年前に受験を決め、未来を強く描いた自分が行動した結果で掛け値なしの実力です。しょうがないです。
また、一浪して判定と合格は完全に別物であることを痛感しました。

国立一本狙いだったからなのか、今の心境としては不思議な脱力感で一杯です。

ただ、今諦めたら一生後悔すると強く感じています。
なので不合格がわかった時、親に「二浪させてください」と頼んで、けじめ付けてもう一度チャンスをもらいました。これが本当に最後のチャンスでしょう。自分の中でもそのつもりです。



ところで「マーフィーの法則」はご存知でしょうか?

一言で言ってしまうなら潜在意識の法則です。

「失敗する可能性があるものは、失敗する」

結果的に失敗だったものは全て失敗するものであったと言う事から、事柄は全て決まっているとも言える言葉であると同時に可逆的に考えると「失敗するものは、成功する」と捉えられると思うんです。(持論or自論)
とても興味深くて調べていて唸りました(。-`ω-)参考にさせて頂きました



色々と思うところはありますが、やはり自分の人生だからこそ自分の力で這い上がるしかないと思うんです。
自分の信じた道を覚悟を決め全力で突き進んでいかないとね。


あーなんか文字にしたらだいぶスッキリしました。

せっかく親がくれたチャンスなので、気持ちの整理が完全にできていない状態よりスッキリした状態で勉強を始めたいので、まずは明日から2泊3日の傷心旅行?に行って参ります。

以上
報告でした。

雨にも負けず


雨にもまけず

風にもまけず

雪にも夏の暑さにもまけぬ

丈夫なからだをもち

欲はなく

決して怒らず

いつもしずかにわらっている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜をたべ

あらゆることを

じぶんをかんじょうに入れずに

よくみききしわかり

そしてわすれず

野原の松の林の蔭の

小さな萓ぶきの小屋にいて

東に病気のこどもあれば

行って看病してやり

西につかれた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行ってこわがらなくてもいいといい

北にけんかやそしょうがあれば

つまらないからやめろといい

ひでりのときはなみだをながし

さむさのなつはオロオロあるき

みんなにデクノボーとよばれ

ほめられもせず

くにもされず

そういうものに

わたしはなりたい




やっぱり雨にも負けずはいいです。
ストレートに頑張れ!と言われるよりこの詩の持つ魅力みたいなものに励まされる。

と、Twitterに書こうと思ったのですが文字制限に引っ掛かったのでここに記してみました。

このブログ、受験が終わるまではこのような使い方になりそうです。ご了承下さい。


ではでは


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Author:ポポ
『アクア日和』へようこそ♪
これからブログ&アクアな生活を楽しんでいきたいと思っています。
気軽に書いていくつもりなので、
よろしくお願いしますb´∀`d
~自己紹介~
生息地域:新潟
職業:学生(アクア系の専門学生)
性別:オス
性格:比較的穏和
体格:自称ぽっちゃり
飼育適温:高温に注意。寒さには強い
飼育のコツ:食欲旺盛なのでエサを上手に与えるのがコツ


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